| この街には、もともと「ボーン・チャイナ(Bone China)」が発明される以前から、昔ながらの製法の陶器を作る陶芸家が、たくさん住んでいました。彼らは、中国から伝わった磁器に魅了され、磁器作りに情熱を傾けます。磁器の製造方法を発展させたことで有名な老舗「スポード」を創設したジョセフ・スポードもこの街の出身です。さらに18世紀に優れた陶器職人として名高いウェッジウッド、ミントンもここに製陶所を設けています。
こうした人材に加えて、ストーク・オン・トレントは、陶磁器製作に欠かせない石炭、水などの資源が豊富で、1777年、トレント・マージー運河が開通し、陶磁器の材料である粘土を輩出するコーンウォールとも運河で繋がったことにより、陶磁器産業が大きく成長しました。
19世紀末には、まだ各窯ともに火力に石炭を用いていたため、坑ロ、煙突が列をなし、いつも煙にぼやけており、「陽の光がさすことがない」とも言われていました。こうして、ストーク・オン・トレントは、数百年に渡って「陶磁器の街」として栄えてきたのです。ほとんどの代表的な陶磁器メーカーは、今もこの街に工場を持っています。
1910年、バーズレム、フェントン、ハンリー、ロングトン、ストーク、タンスタルの6町村が合併して、現在のストーク・オン・トレントとなりました。
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